新●月オフ
昨日は渋谷にて、ころんたさん主催の新●月オフ会でした。
セレナーデの高津さんのお話を中心に、終始楽しく、いろんなお話ができて嬉しかったですね。
こういう場なら、プログレ・リスナーのカミングアウト(by黒松さん)もなんのその(笑)
高津さんのソロ制作、水鏡もレコーディング中(オフ翌日、つまり今日もレコーディングとのこと)。私も負けてはいられません。
昨日は渋谷にて、ころんたさん主催の新●月オフ会でした。
セレナーデの高津さんのお話を中心に、終始楽しく、いろんなお話ができて嬉しかったですね。
こういう場なら、プログレ・リスナーのカミングアウト(by黒松さん)もなんのその(笑)
高津さんのソロ制作、水鏡もレコーディング中(オフ翌日、つまり今日もレコーディングとのこと)。私も負けてはいられません。
2004年12月17日。東京、江古田フライングティーポット。
北山真さんが八十年代初頭(丁度私が生まれた頃)に主宰されていたレーベル「SNOW」の作品の再発を記念したパーティーが催されました。
そう、此処で初めて、北山さん、花本さん、津田さんにお目に掛かることができたのです。折角の機会なのに、ご本人を前にすると舞い上がってしまい、何時にも増して口が動きませんでしたけれど、このパーティーに参加できて本当に良かったと思っています。
当時の新月やSNOWレーベルのこと、新月BOXや北山さん、津田さんのソロ作品が着実に進行していること、花本さんの「ライブをやります」という言葉、変わらぬ…否、より一層深みを増された北山さんの歌声、花本さんのキーボード、津田さんのギター、文学バンド時任さん、小熊さんの楽しいパフォーマンス。何時思い出しても胸が熱くなります。
そして、新月ファンの方々とリアルタイムでいろいろお話できたことも嬉しかったことのひとつ。新月再始動のきっかけともなったサイト「電蓄電影懐古館」を運営されるころんたさん、同サイトの掲示板によく書き込みをされているhirohiroさん、子鬼さんたちと、生きた話題として新月やプログレを語り合う。思わず感慨深くなってしまいます。
あ、それと、水鏡の阿南さん、神山さん、アストゥーリアスの大山さんまでいらっしゃっていたのには驚きました。一声でもお掛けしておけば良かった…。
パーティーが終わり、帰路につく。いろいろに思いを廻らせながら、ふと気付いたこと。自分の心音が、これまでと明らかに違う、と。その時は気分が昂ぶっていたこともございましたけれど、それを差し引いても、パーティー以前とは比べ物にならないくらいに、心音が生きたものとして感じられるのでした。
そして決意。私もレーベルを立ち上げよう。そしてこれから先、進んでゆく音楽の道に向けて…。
こうして、2005年2月、レーベル(もどき、ですけれど)を創設するに至りました。今も心音は続いています。
あともうひとつ。パーティーで演奏された「光るさざなみ」を聴いたとき、これが本当の音楽だ、と感じたことを記しておきたいと思います。本当の音楽、やっと出逢えた、と思ったことも。
帰り道にはずっと、頭の中で北山さんの「端境期」が流れていたのでした。
もし、願いが何でも一つだけ叶うとするならば、私は迷わずこう願うことでしょう。
『1979年7月25日・26日の新月のライブが観たい。』
その願いが、ちょっとだけ叶いました。もちろん、時間移動などできはしないのですけれど…。しかし、私は確かに、その日の新月のライブを聴くことができました。
同日のライブの音源は、過去にも発売されてはいたのですけれど、オーディエンス録音のカセットテープを元にしたもので、当然ながら音質は悪く、雰囲気はそれなりに伝わるものの、臨場感と表現できるほどのものはありませんでした。
二〇〇四年九月五日、新たに発売された、同日のライブを収録したCDは、オープンリールを使用しエンジニアによって録音された音源が元になっているものです。それは、音質的にはあまり高い評価のできるものではないものの、紛れもない新月の“ライブ”でした。そして、それと同時に、新月の新たな作品でもありました。
この作品について、こんなところが良かったとか、そういった詳しい感想は書けそうにありません。なにしろ、聴いてからは夢うつつで…。ちなみに夢うつつというのは、ものの例えではなく、自分が現実にいるのか、夢の中にいるのか、本当にわからなくなってしまった感覚なのです。しかし、音を紡ぐ新月の存在、そしてそれを聴く自分の存在は、それが現実であろうと夢の中であろうと、より確かに感じられるようになりました。
涙を流し、嗚咽すら漏らしながら音楽を聴いたのは、これが初めてではないかな……。
このCDは封印します。私は、私の中で最高位に在る音楽は封印して、年に一、二度ほどしか聴かないようにしています。本当に、心の底から、全身全霊を込めて楽しみたい音楽ですから、気軽に日常的に聴くことができないのです。このCD「Shingetsu Live」も、その一つとなったわけです。
多分、このCDを再び聴くのは、来年の7月25日。その時にきっとまた…。
歳は十代終盤、プログレを聴き始めてから程なくして、新月との出会いは訪れました。ネット上で、新月の「鬼」は名曲だ、という噂を方々で見かけ、唯一のアルバム「新月」のCDを注文したのです。
一曲目「鬼」。まさしく鳥肌ものの逸品でした。強大な力を秘めながら、ただ静かに、静かに…。織り成される幽玄な世界は並び立つものなく。やがて訪れる終焉、そして静寂…。初めて聴いたその時から、「鬼」は私の心の奥底に憑依して離れることはありません。
…しかし、正直なところ、最初にアルバムを通して聴いた時には、「鬼」以外に印象に残った曲はなかったのです。あるいは「鬼」の印象が強烈過ぎたためかもしれませんけれど…。
ともあれ、「鬼」一曲で新月を好きになった私。そしてその後も、様々な音楽に触れていくことになるわけです。プログレ、メタル、ジャズ、現代音楽、ゲーム音楽、そして雅楽…。
恐らくは雅楽に触れた時だと思うのです。石井眞木さんの「幻想的バレエのための音楽 <輝夜姫>」。「かぐや姫」を題材とした、雅楽・和楽器と西洋オーケストラの打楽器群によって奏されるバレエ音楽なのですけれど、この作品を聴いたのがきっかけとなり、静寂への接し方が変わったのです。静寂を音楽的に感じ取ること、その世界へと浸透していくこと、陶酔していくこと、その快楽を覚えたのですね。
この後に、武満徹さんの雅楽作品「秋庭歌 一具」を聴いて、更に深く雅楽へ傾倒していくこととなります。
さて、静寂の味わいを覚えると、音楽の嗜好が圧倒的に広がります。かつて聴いて何とも思わなかった曲が、改めて聴くと凄く魅力的に思えたりするのです。聴き手次第でこうも変わるものかと、自身、少々驚きました。
そして、アルバム「新月」も、この例に漏れず…。
これほどまでの魅力に何故気付けなかったのか。初めて「新月」を聴いた時の事を思い、少し悔やまれました。初めて耳にしてから、およそ一年ほど経っていたでしょうか。
改めて惹かれた、その最たるものが「白唇」という曲です。その繊細さ、美しさ、止め処なく降り注ぐ切ない切ない気持ち。涙を禁じ得ませんでした。以来、私の中では、知り得る限り最高位に位置する曲として存在しています。
新月に完全に魅了された私は、他に音源はないものかと方々探し回りました。しかしながら、唯一つのアルバムを発表し、一九七九年(即ち私の生前)には解散してしまったバンドですから、そうそう見つからないだろう…、と思っていたら、発掘音源のCDが二枚、新月のボーカルである北山真さんのソロ作品が一枚あることがわかり、即座に購入。
発掘音源は、ひとつが一九七九年七月二十五日・二十六日、芝ABCホールにて行われたライブを録音した「赤い目の鏡」、もうひとつが新月の前身バンドであるセレナーデのスタジオテイク、七九年新月のライブテイク、そして未発表曲のスタジオテイクを収めた「科学の夜」。いずれもカセットテープから起こされたもので、当然の如く音質は悪いです。しかし、当時を伝えてくれる貴重な音源である事は間違いなく、何より、音質は悪くとも音楽が良い。愛聴盤です。特に「殺意への船出」(凄い曲名ですけれど非常に美しい曲です)や、「回帰」「まぼろし」が大好きですね。
それから、“北山真 with 新月プロジェクト”と銘打ち生み出されたアルバム「光るさざなみ」。九八年の作品です。長い時を経ても、やはり根付いた音楽性、おいそれとは変わらぬものなのですね。語りかけるような北山さんの歌声が深く響いてきます。アルバムのタイトルにもなっている「光るさざなみ」という曲、本当に良い曲です。本当に良い曲です。何度も言いたくなるくらい本当に良い曲です。
…こうして、世が二十一世紀へと移った頃、私は新月に魅了されました。しかし、もっともっと新月の曲を聴きたかった、ライブにも行きたかった。でも私は、その時には生きていない、言うなれば叶わぬ恋でした。
叶わなかった筈の想い…。しかし……。
「新月が動いている…!?」
二〇〇三年の夏でした。丁度、私としては初体験の、桜庭統さんのライブが行われる、ということで浮かれていた時期だと思います。ころんたさんが運営されている新月のファンサイト「電蓄電影懐古館」を覗かせて頂いて、目にしたもの。
“新月健在”
目を疑いました。こんなことがあるのか、と。BOXのリリースも計画されているのだという。なんと…、なんと……!
ころんたさんの「電蓄電影懐古館」は新月公認サイトとなられ、新月のメンバーや関連の方々の“今、この時”の言葉が次々と綴られています。本当に夢のようなこと、と、恍惚の溜息を洩らすばかり…。
過去としてのみ在った、それが今に蘇る。想像すらしなかった、これからの新月。
「白唇」より
果てない流れ 越えて君の元へ
辿り着けたら 何もいらない
私の想いも、この言葉そのままに…。
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